広告を見る目。選ぶ目。

立場上、企画やコピー、デザインのチェックをすることが多いのですが、
もしかしたら、その時が一番緊張している時間かもしれません。
なぜなら、どんないいコピーもデザインも、そこでNGを出せば、
半永久的に世の中に出ることがなくなるからです。
世の中に出ている広告は、たくさんの人のチェッックを
かいくぐってでていくのです。
コピーを書いたコピーライターが優秀で、いいコピーを書いても、
クリエイティブ・ディレクターや、広告主の担当者の方が、
そのコピーのよさを理解できないと、本当に困った事態になって
しまうのです。
もちろん、書き手(コピーライターとかですが)にも選ぶ目が、
書く以上に大事なことは言うまでもありません。
若いコピーライターがコピーを書いて、僕のチェックを受けに
来ます。大体5案から10案を持ってきます。
なかなかいいコピーがありません。それを5,6回繰り返すと
結構な数になるのですが、それでもいいコピーがありません。
そんな時僕は、「書いたものを、そのままでいいから全部持って
来なさい」と、メモ書きのようなものも含め、書いたものを
全部持ってこさせます。すると、出前のそばのツユがにじんだ
メモの中にいいコピーがあったりするのです。
「これ、いいじゃん」と僕が言うと、決まって嬉しそう顔をするのですが、
それは褒めているのではなく「君はコピーを選ぶ目がない」と、
言ってるのをなかなか理解できないみたいです。
コピーは、極端なことを言うと、少し言葉のセンスがあれば誰でも
出来ると、僕は思います。それを選ぶ目を持っていて、初めてコピー
ライターと言えるのではないでしょうか。
昨今、いい広告が少なくなったと言う声を、よく耳にします。
いい時期ですから、広告に携わる関係者は、「自分の広告を選ぶ目」
について、一度考えてみたらいかがでしょうか。
もちろん、僕もその一人ですけど・・・。

投稿者 microdream : 2007年06月12日 15:40

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コメント: 広告を見る目。選ぶ目。

神田の昭和でお声を掛けていただいた、広告に携わる者の一人で、中山と申します。
仲間からはベンと呼ばれています。
60才になる少し前にパソコンが出来ないことで、赤坂の事務所をたたみました。最近は小さな雑誌社の専門月刊誌の印刷データを作ることで細々仕事を続けています。
いい広告が少なくなったとおっしゃるのには同感です。
優れた広告の仕事されておられる少数の方は別として、私のようなB級デザイン事務所でも、少し前までは、時にはAクラスの仕事をするチャンスはありました。それは、共同作業が出来たからだと思っています。
コピーについて言えば、美しい日本語が忘れ去られたようで、理解に苦しむカタカナの外国語が新しいと思われているのではないでしょうか。仲間のカメラマンは、ライティングを考える前にデジタル処理をしましょうと言われたそうです。
原田さんがおっしゃった「言葉が伝わる歌い方」は、広告にも通じると思います。いい広告が少なくなったのは「言葉が伝わる広告」が少なくなったのだと考えます。広告主の担当者と制作者が一緒になって「伝わる言葉」探しをするゆとりが欲しいものです。
「自分の広告を選ぶ目」はお互いの考えをぶつけ合う中で育まれると思います。

投稿者 中山 勉 : 2007年06月27日 02:14

中山様
コメント、ありがとうございます。広告制作の大先輩と、
こうして広告についてお話しが出来るのは、とても嬉しいです。僕らが若い頃は、広告表現について、朝まで
語ったものです。「あのコピーは、糸井さんが書いた」とか、「ADは誰だれだ」と、いうたわいのない話しなのですが。楽しかったです、あの頃。
今の若い人は、そんなことに少し無頓着のような気がしてなりません。
そうそう、僕の父は原田勉で、師匠はコピーライターの
魚住勉氏です。偶然ですよね、中山さん。

投稿者 M.H : 2007年07月02日 20:16

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