1957年に産声をあげた、広島市民球場。野球の聖地として、
カープファンの憧れの地として長い間の大役を本日卒業です。
昔は今のような画一的な応援はなく、広島弁のおじさんが、
応援しているのか、けなしているのか分からないような応援が
大半でした。
それが、広島市民球場だし、それがカープファンだったのです。
高校2年の秋。消化試合を外野スタンドで、友達と見てた時です。
近くでやじを飛ばしていたおじさんが、
『兄ちゃんら、若こうてええのー。わしら、目の黒い内に
カープの優勝はたぶん見れけんのー。』
と言ってコーラをご馳走してくれました。
子供の頃からのカープファンであった僕たちも、
『僕らも100年ぐらい生きとかんと、優勝は見れんですよ。』
と答えたのを覚えています。
その頃のカープファンは、おそらく優勝のことなど考えてなかったような気がします。
時々、強い巨人や阪神に勝ってくれたら、溜飲を下げる、そんな思いだったのでしょう。
それが次の年、昭和50年にカープを取り巻く環境が一変します。
開幕前の予想を覆して、カープは初優勝をするのです。
優勝が現実化してくると、それまでカープに見向きもしなかった人達が、
市民球場に駆け付けたり、カープの話題を口にするようになったのです。
まるで、今年弱かったチームが、CS出場に可能性が出てきて、
盛り上がっているファンのようでした。
もちろん、カープが勝って、広島やカープファンが盛り上がるのは、結構なことです。
ただ、カープが勝っても負けても、やじを飛ばしながら、広島市民球場とカープを応援し続けた
おじさん達がたくさんいたことを覚えていて欲しいと思うのです。
昔の歌で、井上陽水の『東へ西へ』という曲がありました。
『昼寝をすれば、夜中に眠れないのは、どういうわけだ・・』
みたいな、歌だったような気がします。
もちろん、30年ぐらい前の懐メロですから、歌詞の内容は、今の時代にはない大らかさがあります。
本日、急遽広島に出張になりました。
恐怖の日帰り出張です。
まさに、西へ、東へなのです。
昨日、大手スポーツ量販店のCM撮影があり、かなり体力を使いました。
20メートルダッシュを20本以上やりました。嘘のような本当の話しですよ。
文才のない僕の表現では、あまり上手く伝えられないのですが、
走るモデルさんと並走するカメラがあり、
そうすると、モニターも一緒に走るわけですから、監督である僕も一緒に走る、という図式になるのです。そして、筋肉痛。
そんな筋肉痛の中、僕を乗せた新幹線は、広島に向かっています。
今、広島はカープで盛り上がっていることでしょう。広島市民球場最後の年に、昨夜カープは巨人に今季の勝ち越しを決めました。
今日のスポーツ新聞などは、日本一高額のチームが、日本一低額のチームに負け越したことを、
まるで自身の自慢話のように報道しています。
もともと、野球選手の高額年俸に疑問を抱いている僕としては、
カープぐらいが適正だと思っているのですが・・。
皆さんは、どうでしょうか!?
ゆうゆさん。メアリーさん。早速、ありがとうございました。
ゆうゆさんには、『僕』のどうにもわからない、心の奥の気分を表現していただきました。
メアリーさんには、マリーの優しい心根を書いて頂きました。いい女なのですよね、きっとマリーは・・・。
『健吾、来週からL.Aなんでしょ!?買って来て欲しい化粧品があるのよね。』
『いいけど・・。俺、今回の仕事が終わったら、少しL.Aにいようと思っているんだ。』
六本木の交差点から溜池方面に少し歩いた、
通り沿いの店に僕と里沙はいた。
里沙とは仕事で知り合って5年ほどになるが、月に一、二度飲む間柄だ。
歳は僕より十歳以上年下なのだが、何故か気が合った。
どちらが年上だかわからないような、彼女の話しぶりも、僕には心地よかったのかも知れない。
『しばらく、L.Aって、どういうこと。』
『んーん。少し学校に通ってみようと思うんだ。』
『学校って健吾、何をいまさら勉強をするのよ、その歳になって・・。』
里沙のその言葉に僕は、苦笑しか返さなかったが、その後の言葉には少し慌てた。
『私はどうすればいいの。』
一瞬空気が凍りついた・・。里沙といて初めての経験だ。
その空気をすぐに自ら壊すように、里沙が言った。
『何てね・・。健吾、凄く変な顔したけど、大丈夫!?
それで、何を勉強するって訳。』
里沙は照れを隠すように、一気にまくし立てた。
こんな時には、決まって僕は無口になる。子供の頃からの悪い癖だ。
決して腹を立てている訳ではないのだが、相手はそれを誤解して、
攻撃の手を緩めてくれる。もしかしたら、知らない内に、自分で見つけた、
防衛本能のようなものなのかもしれない。
『黙ってないで、何か言ってよ。』
どうやら里沙には、この防衛本能は効かないようだ。
『何か、自分が薄いと感じるだよ、近頃凄く・・・。』
『それで、何でL.Aなの!?』
『別にL.Aでもいいし、L.Aでなくてもいいんだ。たまたま、仕事で行くから
L.Aにしようと思った。』
『まるで禅問答のような話しだわね。ついていけなーい。』
そんな軽い気持ちで、僕はLos angelesを選んだ。
もちろん、仕事で何度も行ってるし、仕事を通してだが、知り合いも何人かいた。
その頃の僕は、CM監督として、それなりに売れていた。でも、ただそれだけだった。
2番高橋
3番小笠原
4番ラミレス
5番イ・スンヨブ
6番谷
7番阿部
阪神戦。一次的に巨人はこんなオーダーになりました。
これを見て、あれあれ、オリンピックの時の、全日本のオーダーより凄い、
と思ってしまいました。
明日から、カープはこんな巨人と4連戦です。
初戦の先発はおそらく大竹でしょう。
エース候補と言われ、ずっとエースどころか、信頼感を
まったく抱くことの出来ない投手です。
しかし、潜在的な力は凄く持っている投手だということは、
間違いありません。
明日の巨人初戦は、今年の大一番です。
自分の力を信じて、無心で投げて欲しいと思います。
頑張れ!!大竹投手。

天気の悪い中、東京の下町の商店街をロケハンしました。
天気は残念でしたが、さながら観光気分で楽しかったです。
しかも、全部電車と歩きです。
まず、品川の青物横丁の商店街からロケハン開始。その後、戸越銀座へ。小さな駅が、絵になります。
そして、蔵前から20分ぐらい歩いて、おかず横丁へ。ここは残念ながら、想像していた感じではありませんでした。
次に、浅草近辺の商店街をくまなく調査。この辺りでかなりヘロヘロに。やっと、遅いランチにありつけました。
雨もかなりひどくなり、今日は終りにしようかと、弱虫な気持ちに負けそうになりましたが、
明日からのスケジュールを考えると、そうもいかず、日暮里から西日暮里にかけての商店街へ。
ここは、谷中商店街を始め、イメージに近い商店街が2、3ありました。
やはり、諦めてはダメなのですね!!
そんな僕がロケハンしている間に、カープはルイスで負けていました。
どうやら、天気が悪いのに強行したみたいですね。営業面を考えてのことでしょうが、
選手のことを考えたら、思い切って中止にして欲しかったような気がしました。
Los angelesの市街地。ラシエネガストリートと、メルローズストリートの交差点。
長くのびたビルの陰が、少しだけ僕を憂鬱にする。
3年間過ごしたここの生活は、悪くなかった。
ふとしたきっかけで、一緒に暮らし始めたマリーとの毎日は、退屈な時間を
僕に与えてはくれなかった。
祖母がアメリカ人の彼女は、僕にとっては、やはり異国人だと思っていた・・。
彼女は、40歳を過ぎても夢ばかり追いかけている僕のことを、理解できなかったようだったし、
僕は僕で、35歳までには子供を産み、サンタモニカ辺りに家を買い、穏やかな暮らしを望んでいる彼女のことを、正面から見ないようにしてきた。
もしかしたら、彼女の方が、僕より日本人らしかったのかもしれない。
僕は年甲斐もなく、洗いざらしのシャツと短パンが好きだし、
部屋から見える海に飽きることもない。
僕の時計は、他の人のそれより、きっとゆっくり進んでいると、
マリーに気づかされた。
ビバリーセンターに向かう車の流れは、途切れることはない。
そんな車の流れを目でおいながら、マリーには何て話せばいいのかと、考える。二週間後の成田行きのエアーチケットを買ったことを、打ち明けなくてはならない。
生来、ケンカや争いごとを好まない僕は、自分の気持ちを伝えるのは、あまりうまくない。
マリーは、突然の僕の行動を何て言うのだろう。
数時間前、エアーチケットを買った時から、そのことばかりが、頭の中をぐるぐる回っている。
ふと、こんな物語の始まりを書いてみました。
この後、この物語はどんなカタチで展開していくのでしょうか!?
新幹線の移動中、『リレー小説』は面白い、という友人の作家、友野康治の言葉を思い出しました。
このblogをお読みで、もし、興味のある方がいれば、書き込みで物語を展開してみてください。
実験的なことですから、数行でもかまいません。
もちろん、僕も参加します。
いかがでしょか!?
ついに3位になりました。凄い追い上げを見せてくれているカープではあります。
実は先週ロケで広島に行ってました。
ちょうど横浜三連戦の時です。
第二戦の日、何とかロケを早く済ませて、市民球場に駆け付けようかと思ったのですが、
前の日、ルイスで負けたので、自重しました。
だって、今シーズン僕が行くと、三連敗ですからね。んーん。文章が変ですね。つまり、三回行って三回負けているわけです。
そんな訳で今日も、神宮球場に行くのも我慢して、携帯カープ情報で、一喜一憂している始末です。
栗原が、本当に勝負強い四番バッターに育ってくれました。
前田健が、小気味よいピッチングを見せてくれています。
斎藤や篠田など、あまり馴染みのない若手が頑張ってくれています。
もちろん、豪腕ルイスや永川の頑張りも凄いものがあります。
これは、もしかしたらの期待が、日に日に大きく膨らんでいきます。
そうそう、今日詳しくクライマックスシリーズのこと調べてみました。
だって、これまでカープは無縁でしたものね。
さてさて、どうなるのか。当分の間目が離せませんよね。ゆうゆさん。

三日間に渡って行われた横浜みちの音楽祭が、無事終了しました。
奥華子、キッサコ、遊吟、N.U他、総勢16組のアーティストの方々に出演いただきました。
お疲れ様でした。そして、ありがとうございました。
時代が決めたデパートの閉店。それには誰もが抗うことはできません。
しかし、そこをストリート音楽の聖地にしようと、
集まってくれたミュージシャン達。
そして、それを全面的にサポートしてくださったFMヨコハマのスタッフの皆さん。
さらに、この企画の成功に奔走していただいた横浜松坂屋の社員の方々。
本当にたくさんの方々の努力の結晶で、素敵なイベントライブになりました。
本日のラストステージを頑張ってくれた遊吟は、
自らもう一曲唄わせて欲しいとアンコールを言い出し、『ゆず』のナンバーを唄ってくれました。
心地よい秋風に吹かれて、その歌声を聞いていると、すっかり感動してしまい、素敵な仕事をさせていただいたと、たくさんの方々に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
音楽は、やっぱりいいものですね!!

ストリート音楽の火を消すなー。
『ゆず』が登場したことで有名な横浜松坂屋がなくなる。
ということで、
今やメジャーデビューしたアーティストや、
今でもストリートで活動しているアーティストが勢揃いして、松坂屋『ゆず』レリーフ前の特設ステージで、
昨日から明日までの三日間、横浜みちの音楽祭を開催しています。
毎日朝早くから、たくさんの方に並んでいただき、本当に嬉しい限りです。
久しぶりに若いアーティストの方々とご一緒して、とてもエキサイティングです。
明日はいよいよ最終日。キッサコ、遊吟などが出演してくれます。
毎日違う『ゆず』からのテープメッセージも、お楽しみにー。
今、東京に帰る新幹線でこのblogを書いています。
今朝、出張先のホテルで、赤塚先生の番組を見ました。NHKの追悼的な番組です。
先生が病気になっても、最後まで情熱を傾けてやっていたのが、目の不自由な子供達に読んでもらうための、
マンガの制作だったということを、放送していました。
先生はインタビューで、『だって、どんな子供にも笑顔になって欲しいじゃない。そう思うんだよね。
僕たちの時代にもイジメとかあったよ。そりゃあ、トロイ奴とかの頭なぐったりね。
でも、山登りとか皆で行って、そんなトロイ奴も最後まで頂上まで行かそうと、皆で助けたんだよ!!
だから、どんな子供達にも、笑って欲しいんだ。
同じ楽しさを味わって欲しいだよ。』
素晴らしい思いです。そのインタビューを聞いて、頭を殴られたような衝撃でした。
確かに、僕たちの子供の頃はそうでした。
それが、いつの間にか、勝ち組と負け組が分かるような時代を作ったり、
自分にメリットがない人間を切り捨てるのを見ても、見て見ぬ振りをしたり・・・。
本当に恥ずかしい限りです。すごく反省をしました。
僕一人の力なんてしれていますが、この思い、これから声だかに叫んでいこうと、今明確に思ってます。
楽しいところには、皆で一緒に行こう!!
そして、一緒に幸福になろう!!
んーん。見て来ました。ハンコック。
ウィルスミスは好きな役者なので、期待して行ったのですが、
正直期待ハズレの映画でした。
結局、国民性の違いなのでしょうか。この映画は日本人には、少し合わないような気がするのですが、いかがでしょうか。
もっと分かり安くするか、逆にリアリティを大切にすれば、よかったかも知れません。
単一の民族が暮らす日本と、たくさんの民族が同居するアメリカ。当然映画の作り方も違うのでしょう。
何年もかけて、国民を巻き込んで大統領を作っていくアメリカ。それに引き換え、何となく総理大臣が決まってしまう日本。
映画の違いを考えていたら、考えがそんなところに行き着きました。
さて、カープ。まだ頑張っていますね。
若い選手の活躍に、なんだか期待が膨らむ秋の始まりです。